●絹糸の源
皆さんは着物が何から出来ているかをご存知でしょうか?
日頃、絹、シルクと一言で片付けているこの美しい布が
カイコという蛾の幼虫の吐いた細い糸で作られていることを
ご存知でしょうか?
歴史はとても古く、4500年以上も前から中国でカイコは飼育
されていました。
中国の絹織物はシルクロードを経て各国に輸出され、ローマでは
金と同量で交換されるほど高値での取引きがされていたそうです。
日本でも税や年貢の代用として上納されていた歴史があるほど
貴重に扱われていました。
日本に伝わってきたのは約1800年前で、鎖国が行われる前
までは輸入が中心でしたが、鎖国により手に入らなくなったこと
で各地で養蚕がさかんに行われるようになり、明治時代以降には
輸出が出来るようにまでなり、品種改良や飼育技術の進歩は
目覚ましく発展していきました。
カイコは完全な家畜昆虫として人間が改良をしているので、
餌を与えなければ生きてはいけません。
絹糸を吐く為だけに生まれてくるのです。
なので、野生のカイコはいません。人間が作り出した虫なのです。
クワコという、天蚕、野蚕、などは野生のカイコとも呼ばれます
が、実際にはヤママユガ等の種類でカイコガとは厳密には品種が
違い、体の形も、食べる餌も、性質も、吐く糸の色にも違いが
あります。
クワコとカイコの大きな違いは空を飛べるかどうかですが、
いつから飛べなくなったのか正確な年代は不明です。
ここではカイコガ科の種類のものをカイコと呼びたいと
思います。
●着物
繭は冬は冷気を、夏は熱気を遮断して中の蚕を守ります。
そして、蚕が呼吸して出した毒素や湿気などはそのまま排出し、
外からの毒素は中に入れません。
このようなことから、絹は生きた繊維とも呼ばれています。
この繭の効果は私達が絹を身に着けた場合でも同じで、
夏は涼しく冬は暖かく、一年を通して清潔に着用することが
出来ます。
精練がされ、糸になった状態でも動物性のタンパク質の特性は
完全には失われずにいることから、着用しているだけでもお肌
がきめ細やかになるとも言われています。
織り方や染め方の違いで風合い、感触などを自在に変えることが
出来、歴史的にも一部特権階級の占有品として珍重されていました。
摩擦や水に弱くとてもデリケートな繊維として大切に扱われてきました。
シワになりやすいという欠点さえも、絹ならではの風合いとして愛され続けています。
●自給率
現在では和装需要の減退、海外での加工された絹製品の輸入増加
により、国内の養蚕農家の数や繭生産量は大幅に減少をし、
農林水産省の調べによると、現存する養蚕農家の数は全国でも
1021戸しかないのです。(2010年3月現在)
洋服はともかく、着物ですら中国やブラジルなどから輸入された
絹で作られているのです。
外国産が良い悪いという問題ではなく、せめて着物くらいは
日本の絹であって欲しいと願うばかりです。
適地敵作とは、その土地、気候、風土にあった作物、品種を栽培
することで自然に無理なく生活に必要なものが得られるという
意味ですが、日本のお蚕さんが吐く糸の長さは輸入のものよりも
約2倍長く、強度も強いということからも着物にとても向いて
いるのです。
日本には約400種類ものカイコの品種が遺伝資源として保存されています。
●お蚕さまの一生
養蚕に携わる方々にはカイコに敬愛を込めてお蚕さまと呼ばれています。
お蚕さまの一生は約2週間。
卵の状態から計算すると、寿命は約50日間。
卵から孵化すると桑の葉を食べ始めます。
(人工飼料の場合もあります。)
カイコはとてもデリケートで農薬のついた桑の葉は食べません。
卵→幼虫→蛹→成虫、と4つの形に形状を変えていきます。
幼虫の体調は約3ミリ。体の成長に伴い、皮膚は大きくならない
ので皮膚を脱ぎ捨てる脱皮という行為を成虫になるまでに4回
繰り返します。
脱皮をする前に新しい皮膚が表面の皮膚の下に出来るまで、
上半身を持ち上げて静止し餌を食べるのをやめて、
じっと待ちます。
この姿がまるで寝ているように見えるので眠(みん)
と呼ばれています。
年齢はこの脱皮と眠の回数で表現され、4眠、4脱皮で
5歳(正確には5令)で糸を吐き始め繭の制作に入ります。
糸を吐き始める直前から餌を食べなくなり、成虫になるまでは
何も食べません。
繭を作り終えると繭の中で蛹になり、約10日後に繭糸と繭糸の
間から頭を出し、約30分かけて繭から出てきます。
繭から出て、約1時間後に求愛が始まり相手を見つけて交尾をし、
交尾後、数時間で産卵が始まり、約3日間卵を産み続け、
産卵後に力つきて一生を終えます。
●農業
最盛期の昭和初期には全国の農家の約40%が養蚕に従事して
おり、全農地の約10%の62万ヘクタールでお蚕さんの餌と
なる桑が栽培されていました。
最近まで、ほとんどのカイコを飼育する農家では稲も育ており、
米の収穫までの間の貴重な収入源であり、生活の糧でもあり、
養蚕と稲作の結びつきはとても深いものがあったそうです。
カイコを育てるには餌となる桑の葉が不可欠です。
カイコは桑の葉以外は一切食べません。
また、農薬のついた桑の葉も食べないので無農薬で桑を育てる
必要があります。
孵化してから繭を作るまでの間に約25グラムの葉を食べます
が、どんなに空腹でも桑の葉が30センチ離れている場合、
そこまでたどり着けません。
歩く力も弱く、物につかまる力も弱くなっているので、野外に
放したとしても生きて行くことは出来ないのです。
人間が餌を与えるまでじっと待っています。
言い換えれば、長い間家畜として飼われてきたため、餌を探す
必要がないので、その能力が退化してしまっているのです。
また、成虫するとカイコ蛾になりますが、交尾の相手も人間が
用意し、卵を産む場所も人間が用意するので羽が退化し、
飛ぶことも出来ません。
農家さんは朝夕2回、桑の葉が絶えないように与え続けます。
通常、農家では桑の葉が茂る春から秋にかけて4~5回に分けて
カイコを育てています。
江戸時代から明治時代にかけて各地でさかんに養蚕が行われて
いました。
当時は稲作の落ち着いた時期に養蚕をするというのが一般的で
した、養蚕をしていない農家でも、稲作の合間に繭から糸を
引く作業をしたりと、なにかしら生糸に関わっていました。
その昔は、米作と製糸はとても密接な関係があったようです。
●繭から絹糸
繭から絹糸を採取する際は成虫になるまで待っていると
繭に穴があいてしまったり、体液で汚れてしまうので羽化する前
に収穫ならぬ収繭をします。
糸をとる為に繭の状態でお湯にさらしてタンパク質をおとして
糸を繰り出します。
繭の中のサナギは成虫になることなく、その一生を終えるのです。
●第二の人生
繭の中で死骸となった蛹は食用として、健康食品、錦鯉の餌、
有機肥料として有効活用されます。
さらに、成虫になった蛾は医薬品として、フンは家畜肥料とし
て、スキンケア用品として、ホワイトニング化粧品として、
最近では生糸を精練する際にでる精練液までもがスキンケア
効果があることが認知されつつあります。
また、昔の人は着物生地になったあとも蒲団、風呂敷、おむつ、
などと形を変えて何度も何度も繰り返し再生させていました。
人間の衣服の為に糸を吐き、命をまっとうさせたお蚕さんに感謝
し、糸から糸になるまで大切に大切に扱っていた先人を見習って
行きたいと思います。
また、カイコの餌となる桑も、樹皮、樹木、実、全てが有効に
活用されることから、命を使い切る木と言われています。
カイコが作り出す絹は歴史や文化にも大変な影響を与えて
来ました。
古代中国からローマへと続いたシルクロードは東洋と西洋の
文化交流をすすめ、明治維新後の日本の近代化を支えたのは
蚕糸業でした。
数千年もの間、人はカイコの為に桑を育て、カイコは人の為に
糸を吐くという関係性を培ってきたことを私たちは忘れては
いけないと思います。
皆さんは着物が何から出来ているかをご存知でしょうか?
日頃、絹、シルクと一言で片付けているこの美しい布が
カイコという蛾の幼虫の吐いた細い糸で作られていることを
ご存知でしょうか?
歴史はとても古く、4500年以上も前から中国でカイコは飼育
されていました。
中国の絹織物はシルクロードを経て各国に輸出され、ローマでは
金と同量で交換されるほど高値での取引きがされていたそうです。
日本でも税や年貢の代用として上納されていた歴史があるほど
貴重に扱われていました。
日本に伝わってきたのは約1800年前で、鎖国が行われる前
までは輸入が中心でしたが、鎖国により手に入らなくなったこと
で各地で養蚕がさかんに行われるようになり、明治時代以降には
輸出が出来るようにまでなり、品種改良や飼育技術の進歩は
目覚ましく発展していきました。
カイコは完全な家畜昆虫として人間が改良をしているので、
餌を与えなければ生きてはいけません。
絹糸を吐く為だけに生まれてくるのです。
なので、野生のカイコはいません。人間が作り出した虫なのです。
クワコという、天蚕、野蚕、などは野生のカイコとも呼ばれます
が、実際にはヤママユガ等の種類でカイコガとは厳密には品種が
違い、体の形も、食べる餌も、性質も、吐く糸の色にも違いが
あります。
クワコとカイコの大きな違いは空を飛べるかどうかですが、
いつから飛べなくなったのか正確な年代は不明です。
ここではカイコガ科の種類のものをカイコと呼びたいと
思います。
●着物
繭は冬は冷気を、夏は熱気を遮断して中の蚕を守ります。
そして、蚕が呼吸して出した毒素や湿気などはそのまま排出し、
外からの毒素は中に入れません。
このようなことから、絹は生きた繊維とも呼ばれています。
この繭の効果は私達が絹を身に着けた場合でも同じで、
夏は涼しく冬は暖かく、一年を通して清潔に着用することが
出来ます。
精練がされ、糸になった状態でも動物性のタンパク質の特性は
完全には失われずにいることから、着用しているだけでもお肌
がきめ細やかになるとも言われています。
織り方や染め方の違いで風合い、感触などを自在に変えることが
出来、歴史的にも一部特権階級の占有品として珍重されていました。
摩擦や水に弱くとてもデリケートな繊維として大切に扱われてきました。
シワになりやすいという欠点さえも、絹ならではの風合いとして愛され続けています。
●自給率
現在では和装需要の減退、海外での加工された絹製品の輸入増加
により、国内の養蚕農家の数や繭生産量は大幅に減少をし、
農林水産省の調べによると、現存する養蚕農家の数は全国でも
1021戸しかないのです。(2010年3月現在)
洋服はともかく、着物ですら中国やブラジルなどから輸入された
絹で作られているのです。
外国産が良い悪いという問題ではなく、せめて着物くらいは
日本の絹であって欲しいと願うばかりです。
適地敵作とは、その土地、気候、風土にあった作物、品種を栽培
することで自然に無理なく生活に必要なものが得られるという
意味ですが、日本のお蚕さんが吐く糸の長さは輸入のものよりも
約2倍長く、強度も強いということからも着物にとても向いて
いるのです。
日本には約400種類ものカイコの品種が遺伝資源として保存されています。
●お蚕さまの一生
養蚕に携わる方々にはカイコに敬愛を込めてお蚕さまと呼ばれています。
お蚕さまの一生は約2週間。
卵の状態から計算すると、寿命は約50日間。
卵から孵化すると桑の葉を食べ始めます。
(人工飼料の場合もあります。)
カイコはとてもデリケートで農薬のついた桑の葉は食べません。
卵→幼虫→蛹→成虫、と4つの形に形状を変えていきます。
幼虫の体調は約3ミリ。体の成長に伴い、皮膚は大きくならない
ので皮膚を脱ぎ捨てる脱皮という行為を成虫になるまでに4回
繰り返します。
脱皮をする前に新しい皮膚が表面の皮膚の下に出来るまで、
上半身を持ち上げて静止し餌を食べるのをやめて、
じっと待ちます。
この姿がまるで寝ているように見えるので眠(みん)
と呼ばれています。
年齢はこの脱皮と眠の回数で表現され、4眠、4脱皮で
5歳(正確には5令)で糸を吐き始め繭の制作に入ります。
糸を吐き始める直前から餌を食べなくなり、成虫になるまでは
何も食べません。
繭を作り終えると繭の中で蛹になり、約10日後に繭糸と繭糸の
間から頭を出し、約30分かけて繭から出てきます。
繭から出て、約1時間後に求愛が始まり相手を見つけて交尾をし、
交尾後、数時間で産卵が始まり、約3日間卵を産み続け、
産卵後に力つきて一生を終えます。
●農業
最盛期の昭和初期には全国の農家の約40%が養蚕に従事して
おり、全農地の約10%の62万ヘクタールでお蚕さんの餌と
なる桑が栽培されていました。
最近まで、ほとんどのカイコを飼育する農家では稲も育ており、
米の収穫までの間の貴重な収入源であり、生活の糧でもあり、
養蚕と稲作の結びつきはとても深いものがあったそうです。
カイコを育てるには餌となる桑の葉が不可欠です。
カイコは桑の葉以外は一切食べません。
また、農薬のついた桑の葉も食べないので無農薬で桑を育てる
必要があります。
孵化してから繭を作るまでの間に約25グラムの葉を食べます
が、どんなに空腹でも桑の葉が30センチ離れている場合、
そこまでたどり着けません。
歩く力も弱く、物につかまる力も弱くなっているので、野外に
放したとしても生きて行くことは出来ないのです。
人間が餌を与えるまでじっと待っています。
言い換えれば、長い間家畜として飼われてきたため、餌を探す
必要がないので、その能力が退化してしまっているのです。
また、成虫するとカイコ蛾になりますが、交尾の相手も人間が
用意し、卵を産む場所も人間が用意するので羽が退化し、
飛ぶことも出来ません。
農家さんは朝夕2回、桑の葉が絶えないように与え続けます。
通常、農家では桑の葉が茂る春から秋にかけて4~5回に分けて
カイコを育てています。
江戸時代から明治時代にかけて各地でさかんに養蚕が行われて
いました。
当時は稲作の落ち着いた時期に養蚕をするというのが一般的で
した、養蚕をしていない農家でも、稲作の合間に繭から糸を
引く作業をしたりと、なにかしら生糸に関わっていました。
その昔は、米作と製糸はとても密接な関係があったようです。
●繭から絹糸
繭から絹糸を採取する際は成虫になるまで待っていると
繭に穴があいてしまったり、体液で汚れてしまうので羽化する前
に収穫ならぬ収繭をします。
糸をとる為に繭の状態でお湯にさらしてタンパク質をおとして
糸を繰り出します。
繭の中のサナギは成虫になることなく、その一生を終えるのです。
●第二の人生
繭の中で死骸となった蛹は食用として、健康食品、錦鯉の餌、
有機肥料として有効活用されます。
さらに、成虫になった蛾は医薬品として、フンは家畜肥料とし
て、スキンケア用品として、ホワイトニング化粧品として、
最近では生糸を精練する際にでる精練液までもがスキンケア
効果があることが認知されつつあります。
また、昔の人は着物生地になったあとも蒲団、風呂敷、おむつ、
などと形を変えて何度も何度も繰り返し再生させていました。
人間の衣服の為に糸を吐き、命をまっとうさせたお蚕さんに感謝
し、糸から糸になるまで大切に大切に扱っていた先人を見習って
行きたいと思います。
また、カイコの餌となる桑も、樹皮、樹木、実、全てが有効に
活用されることから、命を使い切る木と言われています。
カイコが作り出す絹は歴史や文化にも大変な影響を与えて
来ました。
古代中国からローマへと続いたシルクロードは東洋と西洋の
文化交流をすすめ、明治維新後の日本の近代化を支えたのは
蚕糸業でした。
数千年もの間、人はカイコの為に桑を育て、カイコは人の為に
糸を吐くという関係性を培ってきたことを私たちは忘れては
いけないと思います。